無双直伝英信流とは

土佐に伝わった系統では、居合の祖とされる林崎重信を初代としていますが、これはあくまで居合の始祖という意味で、第7代の長谷川英信先生を「流祖」と呼びます。流の開祖は長谷川英信先生です。
ただし、無双直伝流の居合に関しては、信州の文書には土佐と異なる伝承が書かれています。長谷川英信先生は居合以外にも槍術や柔術など各種の武術に優れており、幾つかの流派の流祖とされます。
英信先生は尾張徳川家に千石で仕えていたといわれています。英信先生は、太刀のごとく下から抜き揚げる抜き付け技法であった居合を、刃を上にして抜きつける打刀を遣うに向いた 技法に改めたと伝えられています。ただしこの説は、
・林崎甚助が生きた時代は既に打刀の時代である。
・他の林崎甚助を開祖とする流派も打刀を使う技法であり太刀居合が存在した形跡が無い。
・この伝承について古伝書等には記載が無く、最も古い記録が昭和になってからである等などから近代になってからの伝承と考えられています。
ところで、南山大学教授の榎本鐘司先生は信州の無双直伝流の資料を調査し、信州の『居合根源 之巻』に居合の伝系が記載されていない事から、居合の伝系（林崎甚助～長谷川英信先生にいたる系図）は土佐において『和根源之巻』（無双直伝流の柔術の伝書）を参考に作成されたという説をとなえています。信州の無双直伝流師範家につたわった文献によると、長谷川英信先生の弟子である和術の達人荒井（小管）清哲が、常陸国田宮某より林崎甚助系の居合を学び、晩年には居合を教授するようになった、とあり、信州では無双直伝流の体系に林崎系の居合を付け加えた荒井清哲である記されている事実を発表しています。
○信州での伝承
北信を中心に、半兵半農の身分の間に広く伝わりました。文献や状況から、明治から戦前あたりまでで継承者は絶え失伝したと思われます。比較的多くの文献が残っており、南山大学の榎本鐘司教授によって研究論文が発表されています。なお、現在いくつかの団体で残った資料から復元活動がおこなわれています。埼玉県で師範家の子孫により復元がおこなわれており、日本古武道協会に長谷川流和術として参加しています。また、古武道研究家の平上信行、千葉県の居合団体、英明会なども復元活動をおこなっています。
○土佐での伝承
荒井（小菅）の弟子の第 9 代林六太夫守政が土佐藩士であったことにより、土佐に伝わわりました。 林六太夫は、正座での居合が中心の大森流居合を学び、以後、長谷川英信流に大森流が併伝されました。土佐では和術中心に伝承された信州と違い、居合中心に伝承され、大森流以外にも その後に太刀打の位、詰合、奥居合などが追加されていったようです。 第 12 代より、二派に分かれ、林益之丞政誠の系統は谷村派、松吉貞助久成の系統は下村派と後に呼ばれました。ただし実際には、明治以前はこの二派以外に多くの師範や免許者はいたため、 谷村派、下村派の区分は明治前後に出来た区分と思われます。 下村派は伝統的に無雙神傳英信流という流儀名を名乗っています。
○明治以降
この項では主に大江正路の系統に関して記載します。下村派に関しては無雙神傳英信流に記載しています。近代に至り、谷村派第 17 代の大江正路は、下村派を学んだ後、谷村派を学び、谷村派を継承しました。ただし無双直伝英信流の多くの部分（剣術、和術、棒術の大部分）を、大江やその他 の同代の師範もほとんど学んでおらず、谷村派では無双直伝英信流の多くの部分が失伝しました。 大江正路は英信流の技を整理して、大森流を「正座之部」、長谷川英信流を「立膝之部」として統合し、現在行われている内容に制定しました。 大江正路の後は、穂木山波雄、福井春政、河野百錬、福井聖山、池田聖昂と受け継がれています。戦前、河野百錬の代に高知より宗家が大阪に移り、戦後、英信流を中心に、全日本居 合道連盟が結成されましたが、河野百錬の代に大阪に移る折、また、死後、宗家の継承問題が起き、幾多の分派を生みました。現在は宗家を自称する居合道家が複数存在します。 なお全日本居合道連盟は、その後も存続しているため、全日本居合道連盟を去った者たちが、宗家を自称し、多くの別団体を創設した形となっている。英信流の現代の状況は、全日本居合道連盟、剣道連盟所属の居合道部、大日本居合道連盟に大別出来きますが、それぞれに交流があまりなく、時を経るにつれ、業の解釈に少なからず相異を生み、更に交流を妨げている傾向があります。また 組織に属さず独自に活動する団体も多いです。
○その他
大江正路に無双直伝英信流を学んだ山内豊健（土佐藩・山内家の子孫）は山内派といわれています。 谷村派、下村派を学んだ中山博道が、現代居合の二大流派の一つである夢想神伝流を創始しています。 他にも大江系の無双直伝英信流を学び、独自の流派や分派を創始している例があります。